ハーシム・アル=アタースィーの独立運動

ハーシム・アル=アタースィーの独立運動

ハーシム・アル=アタースィー

1875年にホムスで生まれたハーシム・アル=アタースィーは、シリア独立運動を象徴する政治指導者である。第一次世界大戦後のシリア王国で首相を務めた後、フランス委任統治下で結成された主要民族主義組織「国民集ブロック」の指導者として活動した。1936年にはフランスとの独立条約交渉を主導し、同国の大統領に選出された。立憲主義と穏健な交渉路線を重んじ、各派勢力をまとめる長老的な存在として対抗した。第二次世界大戦期および戦後もシリアの主権回復と民主的統治の確立を目指して政治的指導力を発揮し、1946年のフランス軍完全撤退と国家独立の実現に大きく貢献した。

年表

分類
要素
西暦 ハーシム・アル=アタースィー
1875年
ハーシム・アル=アタースィーの誕生 (時期: 1875年1月11日(1873年とする資料もある), 場所: シリア・ホムス)
1893年
オスマン帝国の行政官として勤務 (年齢: 17歳, 時期: 1893年~第一次世界大戦末期, 場所: オスマン帝国、ベイルート州、シリア、アナトリア)
1914年
第一次世界大戦 (年齢: 38歳, 時期: 1914年~1918年, 場所: オスマン帝国、アナトリア、シリアなど)
1919年
シリア国民会議議長に選出 (年齢: 44歳, 時期: 1919年12月, 場所: シリア・ダマスカス)
1920年
シリア独立宣言とファイサル王国の成立 (年齢: 45歳, 時期: 1920年3月8日, 場所: シリア・ダマスカス)
シリア王国の首相に就任(ハーシム・アル=アタースィー, 年齢: 45歳, 時期: 1920年5月~7月, 場所: シリア・ダマスカス)
1925年
フランス委任統治当局によるアロワド島への流刑 (年齢: 49歳, 時期: 1925年~1926年頃, 場所: シリア沖・アロワド島)
シリア大反乱後の民族主義者弾圧 (年齢: 49歳, 時期: 1925年~1927年, 場所: シリア、ダマスカス、アロワド島など)
1928年
憲法制定議会議長に就任(ハーシム・アル=アタースィー, 年齢: 53歳, 時期: 1928年8月~9月, 場所: シリア・ダマスカス)
1930年
国民ブロックの指導者として独立運動を継続 (年齢: 54歳, 時期: 1930年代, 場所: シリア、ダマスカス、ホムス)
フランス当局による憲法制定議会の停止 (年齢: 55歳, 時期: 1930年5月, 場所: シリア・ダマスカス)
1936年
仏シリア独立条約交渉 (年齢: 61歳, 時期: 1936年3月~9月, 場所: フランス・パリ、シリア)
シリア共和国初代大統領として就任(ハーシム・アル=アタースィー, 年齢: 61歳, 時期: 1936年12月21日~1939年7月7日, 場所: シリア・ダマスカス)
1939年
第二次世界大戦 (年齢: 63歳, 時期: 1939年~1945年, 場所: ヨーロッパ、中東、シリア)
1946年
シリア独立後の政治活動 (年齢: 70歳, 時期: 1946年~1949年, 場所: シリア・ダマスカス、ホムス)
1949年
シリア大統領に再就任(ハーシム・アル=アタースィー, 年齢: 74歳, 時期: 1949年12月~1951年12月, 場所: シリア・ダマスカス)
1951年
アディーブ・シーシャクリーの軍事クーデター (年齢: 76歳, 時期: 1951年12月, 場所: シリア・ダマスカス)
1954年
シーシャクリー政権崩壊後の大統領復帰 (年齢: 79歳, 時期: 1954年2月28日~1955年9月6日, 場所: シリア・ダマスカス)
1958年
アラブ連合共和国成立後の政界引退(ハーシム・アル=アタースィー, 年齢: 82歳, 時期: 1958年, 場所: シリア)
1960年
ハーシム・アル=アタースィーの没年 (年齢: 85歳, 時期: 1960年12月5日(12月6日とする資料もある)、シリア・ホムス)
不明
結婚(ハーシム・アル=アタースィー,配偶者の個人名は確認できず, 時期: 詳細不明, 場所: 詳細不明)

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