三頭政治を担った陸軍将軍アフメト・ジェマル
アフメト・ジェマル
オスマン帝国末期の軍人・政治家。統一と進歩委員会(CUP)の主要指導者で、エンヴェル・パシャ、タラート・パシャとともに「三人のパシャ」の一人と呼ばれた。1908年の青年トルコ人革命後に政治的影響力を強め、1913年のバーブ・アーリー襲撃後はイスタンブール軍政長官となった。1914年から1918年まで海軍大臣を務め、第一次世界大戦中は第四軍司令官としてシリア・パレスチナ方面を統括した。スエズ運河攻略作戦を指揮したが失敗し、シリアではアラブ民族主義者への弾圧や処刑を実施した。アルメニア人の強制移送政策にも関与し、強制改宗・同化政策を推進したとされる。敗戦後は国外へ逃れ、アフガニスタン軍の近代化やソビエト政権とトルコ民族運動との仲介に関わった。1922年、トビリシで暗殺された。
年表
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アジア
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