世界大戦期におけるシリアの民族運動

世界大戦期におけるシリアの民族運動

シリアの民族運動

二つの世界大戦期におけるシリアの民族運動は、オスマン帝国の支配からの脱却とフランス委任統治への抵抗を中心に展開された。第一次世界大戦中、アラブ反乱を経てシリア独立王国が樹立されたが、戦後のサン・レモ会議によりフランスの委任統治下に置かれた。これに対し、1925年のシリア大反乱をはじめとする武力闘争や政治交渉が展開され、国家統一と完全独立を目指すナショナリズムが高まった。第二次世界大戦中には、自由フランスとイギリス軍による占領を経て独立宣言がなされ、連合国側への協力と政治交渉を重ねた結果、戦後の1946年にフランス軍の完全撤退と独立を勝ち取ることとなった。

人物一覧

誕生 没年 出身 没年齢
1875年
1879年
1880年
1886年
1886年
1890年
1891年
1891年
1894年
1904年

年表

分類
要素
西暦 シリアの民族運動
1875年
ハーシム・アル=アタースィーの誕生 (時期: 1875年1月11日(1873年とする資料もある), 場所: シリア・ホムス)
1879年
イブラヒム・ハナヌの誕生 (時期: 1869年(1879年とする資料もある。月日については確実な情報を確認できず), 場所: シリア・カフル・タハーリーム(Kafr Takharim/كفر تخاريم))
1880年
アブドゥッラフマーン・シャーバンダルの誕生 (時期: 1879年11月6日(資料によっては1880年生まれとする記載あり), 場所: シリア・アラブ共和国、ダマスカス)
1886年
エミール・エッデの誕生 (時期: 1886年5月5日(資料によっては1883年または1884年), 場所: シリア・アラブ共和国、ダマスカス)
ファイサル1世の誕生 (時期: 1885年5月20日(1883年または1886年とする資料もある), 場所: サウジアラビア・ターイフ(英語版資料ではメッカとするものもある))
1890年
ビシャーラ・アル=フーリーの誕生 (時期: 1890年8月10日, 場所: レバノン共和国、レシュマヤ(アレイ地区)。birth_placeはベイルートとする資料もある)
1891年
スルタン・アル=アトラシュの誕生 (時期: 1891年3月5日(1888年とする資料もある), 場所: シリア・アル=クライヤー(Al-Qurayya/al-Qrayya)。スワイダーの南方に位置する町)
シュクリー・アル=クーワトリーの誕生 (時期: 1891年5月6日(資料によっては1891年10月21日), 場所: シリア・アラブ共和国、ダマスカス)
1893年
オスマン帝国の行政官として勤務
1894年
政治家一家の中での成長 (時期: 1894年~1910年代, 場所: オスマン帝国、イスタンブールおよびシドン)
リヤード・アッ=スルフの誕生 (時期: 1894年8月17日, 場所: レバノン共和国、サイダ(シドン)。一部資料ではティール(ティルス)生まれとする記載もある)
1900年
オスマン帝国の改革派・民族主義運動への参加
1902年
法学留学と弁護士資格の取得(エミール・エッデ)
1904年
結婚(ファイサル1世,フサイマ・ビント・ナーセル)
アントゥーン・サアーデの誕生 (時期: 1904年3月1日, 場所: ドゥール・シュウェイル(Dhour Choueir/レバノン、メトン郡))
1909年
パリでの法学留学
1910年
オスマン帝国に対するハウラーン・ドゥルーズ反乱
アル=ファタートへの参加
結婚(アブドゥッラフマーン・シャーバンダル,サーラ・アル=ムアイヤド・アル=アズム)
パリでの法学・政治学の研究
1911年
父ズーカン・アル=アトラシュの処刑
1912年
フランス領事館の顧問弁護士就任(エミール・エッデ)
1913年
オスマン帝国議会議員に選出
1914年
ジャマール・パシャによる逮捕・投獄
1915年
アラブ民族主義組織アル=ファタートへの参加
レバノン独立要求文書をめぐるオスマン当局の追及
エジプトへの亡命と弁護士活動(ビシャーラ・アル=フーリー)
1916年
第一次世界大戦・アラブ反乱
アラブ反乱への参加とダマスカス入城
アラブ反乱への支持とファイサル政権への参加
オスマン当局による逮捕・追放(リヤード・アッ=スルフ)
ダマスカスにおけるアラブ民族主義者の処刑
1918年
第一次世界大戦後の中東再編・委任統治体制
青年アラブ協会への参加
ダマスカス入城とアラブ政府の樹立
パリ講和会議へのレバノン代表団参加
1919年
パリ講和会議でアラブ独立を主張
ハナヌー反乱
シリア会議への参加
ハナヌー反乱の組織化
ファイサル=ワイツマン協定
シリア独立党の共同設立
シリア国民会議議長に選出
1920年
フランス・シリア戦争
トルコ民族主義運動への支援要請
カイロでのシリア・パレスチナ会議活動
行政評議会事務総長への就任(ビシャーラ・アル=フーリー)
レバノン代表団による領土要求
エジプト・欧州での独立運動
シリア王国の国王に推戴
シリア独立宣言とファイサル王国の成立
シリア王国の首相に就任(ハーシム・アル=アタースィー)
マイサルーンの戦いとシリア王国の崩壊
フランス委任統治当局による死刑判決
フランス当局による死刑判決・亡命(リヤード・アッ=スルフ)
1921年
フランスによるジャバル・アル=ドゥルーズ統治への反対
鉄の手協会の活動とフランス当局による弾圧
鉄の手協会の設立
カイロ会議でイラク王候補に選定
イラク王国の初代国王に即位
1922年
フランス当局による自宅軟禁と監視
シリア・パレスチナ会議での独立運動
ハナヌーの逮捕とフランス軍事法廷での裁判
鉄の手協会指導者の逮捕に伴うダマスカス抗議運動
アドハム・ハンジャル事件
1923年
フランス当局による死刑判決と亡命(スルタン・アル=アトラシュ)
フランス当局による追放・亡命(アブドゥッラフマーン・シャーバンダル)
1924年
自然シリア統一を目指す初期組織の結成
国会議長就任(エミール・エッデ)
1925年
シリア大反乱
フランス委任統治当局によるアロワド島への流刑
シリア大反乱後の民族主義者弾圧
シリア大反乱の暫定政府形成
人民党の設立
シリア大反乱の宣言
1927年
トランスヨルダンへの亡命(スルタン・アル=アトラシュ)
国民ブロックの創設
亡命中の反フランス活動(アブドゥッラフマーン・シャーバンダル)
首相就任(ビシャーラ・アル=フーリー)
1928年
憲法制定議会への参加
憲法制定議会議長に就任(ハーシム・アル=アタースィー)
1929年
首相就任(エミール・エッデ)
1930年
国民ブロックによる独立運動の継続
国民ブロックの指導者として独立運動を継続
国民ブロックへの参加と指導者としての台頭
フランス当局による憲法制定議会の停止
イギリス・イラク条約の締結
1932年
立憲ブロックの創設
イラク独立と国際連盟加盟
シリア社会民族党の創設
1933年
シメレ虐殺
ハナヌー暗殺未遂事件
ファイサル1世の死去
1935年
レバノンへの帰国と弁護士活動(リヤード・アッ=スルフ)
シリア社会民族党の摘発・サアーデの逮捕
死去と国民的追悼
1936年
フランス・レバノン条約交渉への参加
レバノン大統領就任(エミール・エッデ)
仏シリア独立条約交渉
フランス・レバノン条約の締結
シリア共和国初代大統領として就任(ハーシム・アル=アタースィー)
1937年
シリア帰国とフランス・シリア条約への反対(アブドゥッラフマーン・シャーバンダル)
シリア帰国と英雄としての歓迎(スルタン・アル=アトラシュ)
1938年
南米亡命と党活動の継続(アントゥーン・サアーデ)
1939年
1940年
シャーバンダル暗殺事件
1941年
大統領辞任(エミール・エッデ)
1943年
国民協約の形成
結婚(アントゥーン・サアーデ,ジュリエット・アル=ミール)
初めての大統領就任(シュクリー・アル=クーワトリー)
初代独立後大統領への選出
独立後初代首相への就任(リヤード・アッ=スルフ)
レバノン独立の実現
1943年レバノン憲法改正と大統領・閣僚の逮捕
1943年レバノン憲法停止・大統領交代事件
短期間の大統領再任
1945年
シリア独立とフランス軍撤退
1946年
シリア独立後の政治活動
第二期首相就任(リヤード・アッ=スルフ)
1947年
レバノン独立後の帰国(アントゥーン・サアーデ)
1947年レバノン議会選挙をめぐる不正疑惑
1947年議会選挙をめぐる不正疑惑
1948年
第一次中東戦争
パレスチナ解放軍の結成呼びかけ
大統領再選と憲法改正
1948年アラブ・イスラエル戦争
第二期大統領就任(シュクリー・アル=クーワトリー)
1949年
1949年シリア軍事クーデター
1949年レバノン蜂起
アントゥーン・サアーデの裁判と処刑
シリア大統領に再就任(ハーシム・アル=アタースィー)
1950年
1950年暗殺未遂事件
1951年
首相退任
リヤード・アッ=スルフ暗殺事件
アディーブ・シーシャクリーの軍事クーデター
1952年
1952年「ローズウォーター革命」
1952年の辞任(ビシャーラ・アル=フーリー)
1954年
アディーブ・シーシャクリー政権との対立
シーシャクリー政権崩壊後の大統領復帰
1955年
亡命先からの帰国と第三期大統領就任(シュクリー・アル=クーワトリー)
1957年
1957年のクーデター計画
1958年
エジプト・シリア統合への支持
アラブ連合共和国成立後の政界引退(ハーシム・アル=アタースィー)
アラブ連合共和国の成立と大統領辞任(シュクリー・アル=クーワトリー)
1960年
1961年
シリアのアラブ連合共和国からの離脱支持
1963年
1963年バアス党クーデター
1964年
1967年
第三次中東戦争
1970年
シリア大反乱の象徴として顕彰
1982年
死去と国葬級の葬儀
不明
アレッポとイスタンブールでの教育(イブラヒム・ハナヌ, 時期: 19世紀末~20世紀初頭, 場所: シリア・アレッポ、オスマン帝国・イスタンブール)
オスマン帝国官僚としての勤務 (時期: 20世紀初頭~第一次世界大戦前, 場所: オスマン帝国、イスタンブール周辺、エルズルム、カフル・タハーリーム、アレッポ)
結婚(イブラヒム・ハナヌ,エルズルム出身の女性, 時期: イスタンブールで行政官として勤務していた時期(具体的な年は不明), 場所: オスマン帝国・イスタンブールとみられる)
オスマン帝国軍への徴兵・バルカン地域での軍務 (時期: 第一次世界大戦前, 場所: オスマン帝国、バルカン地域)
オスマン当局による独立運動家への死刑判決 (時期: 第一次世界大戦前~1915年頃, 場所: オスマン帝国領レバノン)
結婚(スルタン・アル=アトラシュ,詳細な配偶者名は, 確認できた主要資料では明確に特定できず, 時期: 詳細不明, 場所: 詳細不明)
結婚(ハーシム・アル=アタースィー,配偶者の個人名は確認できず, 時期: 詳細不明, 場所: 詳細不明)
結婚(シュクリー・アル=クーワトリー,バヒーラ・アッ=ダラーティー, 時期: 詳細不明, 場所: 詳細不明。シリアで結婚したとみられるが、確定できる資料は確認できない。)
結婚(ビシャーラ・アル=フーリー,ローラ・シーハ, 時期: 詳細不明, 場所: 詳細不明。レバノンで結婚したとみられる)
結婚(エミール・エッデ,マリー・エッデ, 時期: 詳細不明, 場所: 詳細不明。レバノンで結婚したとみられる)
結婚(リヤード・アッ=スルフ,ファイザ・アル=ジャービリー, 時期: 詳細不明, 場所: 詳細不明。レバノンで結婚したとみられる)

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