ファイサル1世のアラブ反乱と国家建設

ファイサル1世のアラブ反乱と国家建設

ファイサル1世

1885年にターイフで生まれたファイサル1世は、アラブ反乱の軍事指導者であり初代シリア国王、後にイラク国王となった政治家である。第一次世界大戦中、父フサインの命を受けてイギリスと提携し、オスマン帝国軍に対するアラブ反乱を指揮してダマスカスを入城・解放した。1920年にシリア独立王国の国王に即位したが、マイサルーンの戦いでフランス軍に破れて退位・追放を余儀なくされた。その後、イギリスの支援を得て1921年にイラク国王に即位し、両大戦間期における中東の国境画定とアラブ民族主義運動の象徴的・外交的指導者として歴史的な役割を果たした。

年表

分類
要素
西暦 ファイサル1世
1886年
ファイサル1世の誕生 (時期: 1885年5月20日(1883年または1886年とする資料もある), 場所: サウジアラビア・ターイフ(英語版資料ではメッカとするものもある))
1904年
結婚(ファイサル1世,フサイマ・ビント・ナーセル, 年齢: 17歳, 時期: 1904年とする資料がある(別資料ではイスタンブール滞在中の結婚と記載), 場所: オスマン帝国・イスタンブールとする資料がある)
1913年
オスマン帝国議会議員に選出 (年齢: 26歳, 時期: 1913年, 場所: オスマン帝国、イスタンブール)
1915年
アラブ民族主義組織アル=ファタートへの参加 (年齢: 28歳, 時期: 1915年~1916年頃, 場所: シリア・ダマスカス)
1916年
第一次世界大戦・アラブ反乱 (年齢: 29歳, 時期: 1916年~1918年, 場所: オスマン帝国領ヒジャーズ、ヨルダン、パレスチナ、シリア)
ダマスカスにおけるアラブ民族主義者の処刑 (年齢: 29歳, 時期: 1916年5月6日, 場所: シリア・ダマスカスのマルジェ広場など)
1918年
第一次世界大戦後の中東再編・委任統治体制 (年齢: 31歳, 時期: 1918年~1932年, 場所: 旧オスマン帝国領のシリア、イラク、パレスチナなど)
ダマスカス入城とアラブ政府の樹立 (年齢: 32歳, 時期: 1918年10月, 場所: シリア・ダマスカス)
1919年
パリ講和会議でアラブ独立を主張 (年齢: 32歳, 時期: 1919年, 場所: フランス・パリ)
ファイサル=ワイツマン協定 (年齢: 32歳, 時期: 1919年1月3日, 場所: フランス・パリ)
1920年
フランス・シリア戦争 (年齢: 33歳, 時期: 1920年, 場所: シリア、特にダマスカスとマイサルーン)
シリア王国の国王に推戴 (年齢: 33歳, 時期: 1920年3月8日, 場所: シリア・ダマスカス)
マイサルーンの戦いとシリア王国の崩壊 (年齢: 34歳, 時期: 1920年7月24日, 場所: シリア・マイサルーン、ダマスカス)
1921年
カイロ会議でイラク王候補に選定 (年齢: 34歳, 時期: 1921年3月, 場所: エジプト・カイロ)
イラク王国の初代国王に即位 (年齢: 35歳, 時期: 1921年8月23日, 場所: イラク・バグダード)
1930年
イギリス・イラク条約の締結 (年齢: 44歳, 時期: 1930年6月30日, 場所: イラク・バグダード、イギリス)
1932年
イラク独立と国際連盟加盟 (年齢: 46歳, 時期: 1932年10月3日, 場所: イラク)
1933年
シメレ虐殺 (年齢: 47歳, 時期: 1933年8月, 場所: イラク北部、シメレ周辺)
ファイサル1世の没年 (年齢: 47歳, 時期: 1933年9月8日、スイス・ベルン)
ファイサル1世の死去 (年齢: 47歳, 時期: 1933年9月8日, 場所: スイス・ベルン)

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