アブドゥッラフマーン・シャーバンダル
アブドゥッラフマーン・シャーバンダル
1879年にダマスカスで生まれたアブドゥッラフマーン・シャーバンダルは、シリアの民族主義政治家・医師である。第一次世界大戦後、ファイサル1世のシリア王国で外務大臣を務め、独立維持に尽力した。フランス委任統治の成立後は熱烈な反仏派として人民党を結成し、1925年のシリア大反乱の政治的指導に関与した。反乱敗北後は国外追放となり、エジプトのカイロを拠点に民族主義運動の発信や外交活動を続けた。1930年代後半に帰国したが、国民集ブロックとの抗争のなかで1940年に暗殺され、初期シリア・ナショナリズムの過激な言論活動を率いた人物として記憶される。
年表
| 分類 | |
|---|---|
| 要素 |
地図
| 分類 | |
|---|---|
| 要素 |
アジア
世界
コメント