アブドゥッラフマーン・シャーバンダル

アブドゥッラフマーン・シャーバンダル

アブドゥッラフマーン・シャーバンダル

1879年にダマスカスで生まれたアブドゥッラフマーン・シャーバンダルは、シリアの民族主義政治家・医師である。第一次世界大戦後、ファイサル1世のシリア王国で外務大臣を務め、独立維持に尽力した。フランス委任統治の成立後は熱烈な反仏派として人民党を結成し、1925年のシリア大反乱の政治的指導に関与した。反乱敗北後は国外追放となり、エジプトのカイロを拠点に民族主義運動の発信や外交活動を続けた。1930年代後半に帰国したが、国民集ブロックとの抗争のなかで1940年に暗殺され、初期シリア・ナショナリズムの過激な言論活動を率いた人物として記憶される。

年表

分類
要素
西暦 アブドゥッラフマーン・シャーバンダル
1880年
アブドゥッラフマーン・シャーバンダルの誕生 (時期: 1879年11月6日(資料によっては1880年生まれとする記載あり), 場所: シリア・アラブ共和国、ダマスカス)
1900年
オスマン帝国の改革派・民族主義運動への参加 (年齢: 19歳, 時期: 1900年代~1910年代, 場所: ベイルート、ダマスカス、イスタンブール)
1910年
結婚(アブドゥッラフマーン・シャーバンダル,サーラ・アル=ムアイヤド・アル=アズム, 年齢: 29歳, 時期: 1910年とする資料あり, 場所: シリア、ダマスカスとされるが、具体的な場所は不明)
1916年
アラブ反乱への支持とファイサル政権への参加 (年齢: 35歳, 時期: 1916年~1920年, 場所: ヒジャーズ、シリア)
1921年
鉄の手協会の活動とフランス当局による弾圧 (年齢: 40歳, 時期: 1921年~1922年, 場所: シリア、ダマスカス、ホムス、ハマー)
鉄の手協会の設立 (年齢: 40歳, 時期: 1921年, 場所: シリア、ダマスカス)
1922年
シリア・パレスチナ会議での独立運動 (年齢: 41歳, 時期: 1922年~1924年, 場所: エジプト、カイロおよび欧米)
鉄の手協会指導者の逮捕に伴うダマスカス抗議運動 (年齢: 41歳, 時期: 1922年4月, 場所: シリア、ダマスカス)
1923年
フランス当局による追放・亡命(アブドゥッラフマーン・シャーバンダル, 年齢: 42歳, 時期: 1923年頃~1924年, 場所: シリア、エジプト、カイロ)
1925年
シリア大反乱の暫定政府形成 (年齢: 44歳, 時期: 1925年~1927年, 場所: ジャバル・ドゥルーズ、シリア)
人民党の設立 (年齢: 44歳, 時期: 1925年6月5日, 場所: シリア)
1927年
亡命中の反フランス活動(アブドゥッラフマーン・シャーバンダル, 年齢: 46歳, 時期: 1927年~1937年, 場所: トランスヨルダン、エジプト、欧州)
1937年
シリア帰国とフランス・シリア条約への反対(アブドゥッラフマーン・シャーバンダル, 年齢: 56歳, 時期: 1937年~1940年, 場所: シリア、ダマスカス)
1940年
アブドゥッラフマーン・シャーバンダルの没年 (年齢: 59歳, 時期: 1940年7月6日, 場所: シリア、ダマスカス)
シャーバンダル暗殺事件 (年齢: 59歳, 時期: 1940年7月6日, 場所: シリア、ダマスカス)

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