スブヒ・アザルとアザル派の結成
スブヒ・アザル
19世紀のイランの宗教指導者・著述家で、アザリー派バーブ教の指導者。バーブの異母弟であり、若くしてバーブ教に入信した。1850年、バーブの処刑直前に後継的な指導者として指名されたとされるが、その指名の意味や権限については研究者の間でも議論がある。バーブの死後、一部の信者から指導者として認められたが、1852年のバーブ教徒弾圧を経てバグダードへ逃れた。その後、異母兄バハーウッラーとの間で指導権や宗教的使命をめぐる対立が深まり、1860年代に宗教運動は分裂した。バハーウッラーの主張を認めない信者たちはアザリー派と呼ばれるようになった。1868年にオスマン帝国によってキプロスへ追放され、ファマグスタで晩年を過ごした。『キターブ・イ・ヌール』『アフカーム・イ・バヤーン』などの著作を残した。
年表
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アジア
世界
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