ミルザー・マルコム・ハーンと立憲思想
ミルザー・マルコム・ハーン
アルメニア系の家庭に生まれたイランの近代化思想家、政治家、外交官、作家、出版人。幼少期にフランスへ留学し、パリでヨーロッパの政治思想や近代科学を学んだ。帰国後はテヘランのダール・アル=フヌーンで教育に携わり、イランの行政、法律、教育、軍事制度の近代化を提唱した。1859年にはフリーメイソンに類似した秘密結社ファラームーシュ・ハーネを設立し、改革を推進する知識人のネットワークを形成した。1862年にナセル・アッディーン・シャーによって国外追放されたが、その後外交官として復帰し、イギリス、オーストリア、ドイツ、イタリアなどでイランの外交活動に従事した。1889年の宝くじ利権売却をめぐるスキャンダルで外交官の地位を失った後、ロンドンで新聞『カーヌーン』を創刊し、専制政治や政府の腐敗を批判した。法の支配、立憲政治、議会制度、国民の権利を提唱し、後のイラン立憲革命の思想的基盤を築いた人物の一人と評価されている。
年表
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