青年トルコ人運動下で立憲君主として立ったメフメト5世
メフメト5世
青年トルコ人革命による兄アブデュルハミト2世の廃位に伴い即位したメフメト5世は、実権を持たない実質的な立憲君主として君臨した。政治の実権は統一と進歩委員会(青年トルコ人政権)に握られており、バルカン戦争や第1次世界大戦の荒波の中で国家の舵取りを直接行うことはできなかった。1914年にはイスラーム界の最高権威として聖戦(ジハード)を宣言させられたが、敗色濃厚な大戦の結末を見届けることなく1918年に世を去った。
年表
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地図
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アジア
世界
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