ジャマールッディーン・アフガーニーとパン・イスラーム主義
ジャマールッディーン・アフガーニー
19世紀のイスラム世界を代表する思想家、政治活動家、イスラム改革運動の指導者。一般にアフガーニーの名で知られ、イスラム近代主義や汎イスラム主義の先駆者の一人とされる。本人はアフガニスタン出身と称していたが、研究者ニッキー・ケディーらの研究では、イランのアサダーバードでシーア派の家庭に生まれたとされる。若い頃にインドやイラクで学び、アフガニスタンではアミールの政治顧問を務めた。その後、イスタンブールやエジプトで活動し、ムハンマド・アブドゥフら若い知識人に大きな影響を与えた。欧米列強、とりわけイギリスの帝国主義的な進出に反対し、イスラム諸国の団結、教育改革、科学技術の導入、政治的自立を主張した。エジプトの民族主義運動やイランのタバコ・ボイコット運動にも影響を与えた。1892年以降はオスマン帝国のアブデュルハミト2世のもとで活動したが、晩年は宮廷内での影響力を失い、1897年に顎の癌で死去した。
年表
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アジア
世界
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