ネデリコ・チャブリノヴィッチ
サラエボ事件の襲撃グループの一員であるボスニア系セルビア人の民族主義者。1914年6月28日、車列で移動中のフランツ・フェルディナント大公夫妻の乗る車両に向かって最初に手榴弾を投擲した。しかし手榴弾は車体の後部に当たり、大公夫妻を殺害することには失敗し、後続の車両の同行者や沿道の市民を負傷させるにとどまった。直後に青酸カリを飲んで川に飛び込み自殺を図ったが失敗し、その場で逮捕された。裁判では未成年であったため死刑を免れて禁錮刑に処されたが、服役中の1916年に結核により20歳で病死した。
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