テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェーク
テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェークは、第一次世界大戦開戦時のドイツ帝国第5代首相である。1914年のサラエボ事件に端を発する「7月危機」において、オーストリアへの無条件支援方針を掲げつつ外交的危機を打開しようとしたが、ロシアの動員に対抗して開戦へと踏み切った。中立国ベルギーへの侵攻を決断したことでイギリスの参戦を招き、「条約は紙くず」という発言でも知られる。戦中も無制限潜水艦作戦の導入をめぐり米国の参戦を恐れて軍部と対立したが、最終的にルーデンドルフらの圧力に押されて容認した。軍部との確執が深まった結果、1917年7月に辞任へ追い込まれた。
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