洪範図

洪範図

洪範図

1920年代の満洲における抗日武装闘争を代表する独立運動家。平壌出身とされる。義兵運動を経てロシア極東へ渡り、武力闘争を推進した。1920年6月、独立軍連合部隊を率いて鳳梧洞の戦いに挑み、追撃してきた日本軍を撃破して大きな勝利を収めた。同年の青山里の戦いにも参加し、抗日意識を高揚させた。その後、自由市惨変などの混乱を経てソ連領内にとどまったが、1937年にスターリンの強制移住政策により中央アジアのカザフスタンへ移送された。現地で劇場管理員などを務めながら晩年を過ごし、1943年に同地で死去した。戦後、韓国・北朝鮮の双方で抗日独立運動の英雄として高い評価を受けている。

年表

分類
要素
西暦 洪範図
1868年
洪範図の誕生 (時期: 1868年8月27日(旧暦。資料によってbirth_place・生年月日に異説あり), 場所: 朝鮮民主主義人民共和国・平壌市とする説が有力。平安南道陽徳、平安北道慈城とする異説もある)
誕生 (時期: 1868年8月27日, 場所: 平壌とする説が有力。平安南道陽徳、平安北道慈城とする異説もある)
1907年
丁未義兵闘争 (年齢: 38歳, 時期: 1907年~1910年ごろ, 場所: 朝鮮北部、咸鏡道の北青・甲山・三水・恵山・豊山など)
銃砲・火薬類取締法による猟師の武器回収 (年齢: 38歳, 時期: 1907年, 場所: 朝鮮各地)
義兵部隊の組織 (年齢: 39歳, 時期: 1907年11月ごろ, 場所: 咸鏡道・北青周辺)
1910年
満洲・ロシア極東への移動 (年齢: 41歳, 時期: 1910年ごろ以降, 場所: 中国東北部、ロシア沿海州)
1919年
抗日独立戦争 (年齢: 50歳, 時期: 1919年~1920年代初頭, 場所: 中国東北部(満洲・間島)、朝鮮北部、ロシア極東)
大韓独立軍の組織・指揮(洪範図, 年齢: 50歳, 時期: 1919年, 場所: 中国東北部・間島、朝鮮北部)
1920年
大韓独立軍団の結成 (年齢: 51歳, 時期: 1920年末, 場所: 中国東北部からロシア極東)
鳳梧洞戦闘 (年齢: 51歳, 時期: 1920年6月6日~7日, 場所: 中国吉林省・鳳梧洞(現在の延辺地域))
青山里戦闘 (年齢: 52歳, 時期: 1920年10月, 場所: 中国吉林省・青山里周辺)
1921年
ソ連赤軍への合流 (年齢: 52歳, 時期: 1921年以降, 場所: ロシア極東)
自由市惨変 (年齢: 52歳, 時期: 1921年6月, 場所: ロシア極東・自由市(現在のロシア、アムール州スヴォボードヌイ周辺))
1937年
朝鮮人強制移住(洪範図, 年齢: 68歳, 時期: 1937年, 場所: ソ連極東から中央アジア(カザフスタンなど))
カザフスタンへの移住(洪範図, 年齢: 68歳, 時期: 1937年, 場所: ソ連極東からカザフスタン・クズロルダ)
1943年
洪範図の没年 (年齢: 75歳, 時期: 1943年10月25日。ソ連領カザフスタンのクズロルダで死去)
2021年
遺骨の韓国返還・国立大田顕忠院への安葬 (年齢: 没後77年, 時期: 2021年8月, 場所: カザフスタンから韓国・大田広域市)
不明
結婚(洪範図,丹陽李氏(단양 이씨)。個人名は李玉女・李玉九などの説があるが, 確定していない, 時期: 19世紀末ごろと考えられるが、正確な年月は不明, 場所: 詳細不明。金剛山を離れ、咸鏡道北青へ向かったと伝えられる)

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