来栖三郎と日米交渉の派遣特使

来栖三郎と日米交渉の派遣特使

来栖三郎

外務省のベテラン外交官で、駐独大使として日独伊三国同盟に署名した人物。1941年11月、事態が緊迫する日米交渉を打開するため、特使としてワシントンへ派遣され野村吉三郎大使を補佐した。ハル国務長官やルーズベルト大統領との直接談判に臨み、ハル・ノートの提示を受けるなど抗争の回避に奔走した。しかし開戦の決断を止めることはできず、攻撃の通告遅延にも巻き込まれた。戦後は公職追放を受けつつも、開戦回避に尽力した外交の当事者として証言を残した。

年表

分類
要素
西暦 来栖三郎
1886年
来栖三郎の誕生 (時期: 1886年3月6日, 場所: 神奈川県横浜市)
1909年
東京高等商業学校卒業(来栖三郎, 年齢: 22歳, 時期: 1909年, 場所: 東京都)
1914年
第一次世界大戦 (年齢: 27歳, 時期: 1914年~1918年, 場所: ヨーロッパを中心とする世界各地)
シカゴ領事勤務 (年齢: 27歳, 時期: 1914年~1919年, 場所: アメリカ・イリノイ州シカゴ)
結婚(来栖三郎,アリス・ジェイ・リトル, 年齢: 27歳, 時期: 1914年, 場所: アメリカ・イリノイ州シカゴ)
1919年
マニラ総領事勤務 (年齢: 32歳, 時期: 1919年~1922年, 場所: フィリピン・マニラ)
1922年
チリ・イタリア・ギリシャでの外交勤務 (年齢: 35歳, 時期: 1922年~1927年, 場所: チリ、イタリア、ギリシャ)
1927年
ハンブルク総領事勤務 (年齢: 40歳, 時期: 1927年~1928年, 場所: ドイツ・ハンブルク)
1928年
ペルー駐在公使就任(来栖三郎, 年齢: 41歳, 時期: 1928年~1932年, 場所: ペルー・リマ)
1932年
外務省通商局長就任(来栖三郎, 年齢: 46歳, 時期: 1932年11月~1936年, 場所: 東京都)
1936年
駐ベルギー大使就任(来栖三郎, 年齢: 49歳, 時期: 1936年~1939年, 場所: ベルギー・ブリュッセル)
1939年
第二次世界大戦 (年齢: 52歳, 時期: 1939年~1945年, 場所: 中国東北部、ソ連極東)
駐ドイツ大使就任(来栖三郎, 年齢: 53歳, 時期: 1939年12月~1941年, 場所: ドイツ・ベルリン)
1941年
駐米特命全権大使としてアメリカへ派遣 (年齢: 55歳, 時期: 1941年11月, 場所: アメリカ・ワシントンD.C.)
日米交渉と帰国(来栖三郎, 年齢: 55歳, 時期: 1941年11月~1942年8月, 場所: アメリカ・ワシントンD.C.、日本)
1942年
日米外交官の交換・帰国(来栖三郎, 年齢: 56歳, 時期: 1942年6月~8月, 場所: アメリカ・バージニア州ホットスプリングス、ポルトガル領モザンビーク・ロレンソ・マルケス(現在のマプト))
1947年
公職追放(来栖三郎, 年齢: 60歳, 時期: 1947年~1951年, 場所: 日本)
1954年
来栖三郎の没年 (年齢: 68歳, 時期: 1954年4月7日。68歳で死去。)
不明
東京大学での教育活動(来栖三郎, 時期: 戦後, 場所: 東京都)

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