崇禎帝
崇禎帝は、明朝の崩壊を防ぐため孤軍奮闘したものの、悲劇的な最期を遂げた明最後の皇帝です。即位直後に権勢を振るっていた悪名高い宦官・魏忠賢を排除し、朝政の刷新を図り自ら政務に励みました。しかし、前代からの財政難や自然災害の頻発、李自成らに代表される農民反乱の激化、さらに北方での後金(清)の圧迫という三重苦に直面します。猜疑心から優秀な将軍の袁崇煥を処刑するなど致命的な判断ミスも重ね、追い詰められていきました。1644年、李自成の軍が北京を攻略すると紫禁城裏の景山で自首し、約300年続いた明朝の歴史に自ら幕を閉じました。
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