土木の変と復位を経験した波乱万丈の明朝皇帝
明英宗(正統帝・天順帝)は、明朝史において二度即位した波乱に満ちた皇帝です。幼少で即位したため宦官の王振を重用し、政治の腐敗を招きました。1449年の「土木の変」ではオイラトのオイラト部エセン・タイシに敗北し自ら捕虜となる前代未聞の事態を引き起こします。解放後は復位を目指して暗闘を繰り広げ、奪門の変によって再び皇位(天順帝)に返り咲きました。復位後は朝政の再建に努め、即位に伴う過酷な殉死の風習を廃止するなど人道的な政策も残しました。彼の治世は、明の軍事的優位が揺らぎ始め、内政・外征ともに大きな転換点を迎えた時代の象徴として語り継がれています。
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