恭親王
恭親王(愛新覚羅奕訢)は咸豊帝の弟であり、幕末から清末にかけての外交・政治改革で中心的な役割を果たした政治家です。アロー戦争の講和交渉を担当して北京条約を締結し、その後、外交を統括する総理衙門を設立して総理大臣に就任しました。西洋の先進技術や軍事制度を導入して富国強兵を目指す「洋務運動」を強力に推進し、北京の近代化や国際法への順応を図りました。政敵である西太后と協力して辛酉の政変を成功させ実権を握りましたが、後に西太后との対立により失脚と復権を繰り返しました。清朝の国家存続のために列強との協調路線を模索し続けた指導者です。
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