西太后
西太后(慈禧太后)は咸豊帝の妃であり、息子の同治帝および甥の光緒帝の二代にわたり、約半世紀にわたって清朝の最高権力を握り続けた女性です。辛酉の政変で反対派を粛清して権力を確立し、洋務運動を一定程度容認して体制の維持を図りました。しかし、光緒帝が主導した戊戌の変法(変法自強運動)に対しては保守派を率いてクーデターを起こし、光緒帝を幽閉して改革を潰しました。義和団事件では列強に宣戦布告するも敗北し、北京議定書の締結を余儀なくされました。晩年には光緒新政と呼ばれる遅すぎた改革を行いましたが、清朝崩壊の遠因を作ったと評されます。
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