アリスティード・ブリアン
アリスティード・ブリアンは1915年10月から1917年3月まで首相兼外相を務め、最も困難な時期に戦時内閣を率いた。ヴェルダン教書戦やソンムの戦いといった過酷な消耗戦の中、連合国間の緊密な外交・軍事的連携を主導し、バルカン戦線(サロニカ遠征)の開拓を推進した。彼の柔軟な政治手腕は混迷する政局をまとめるのに不可欠であった。戦後も外相として活躍し、対独協調路線へと舵を切った。1925年のロカルノ条約締結や1928年の不戦条約(ケロッグ=ブリアン協定)の成立に決定的な役割を果たし、欧州の戦後平和構築の功績によりノーベル平和賞を受賞した。
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