アメリカ史

米英戦争の南部戦線とニューオーリンズの戦い

1812年から1815年にかけて行われた米英戦争において、南部およびニューオーリンズ周辺は決定的な激戦地となりました。アンドリュー・ジャクソン将軍率いる米軍は、イギリス軍と同盟を結んだクリーク族を打倒後、1815年のニューオーリンズの戦いで英軍の大軍を相手に圧勝を収めました。すでに講和条約が締結された後の戦闘でしたが、この勝利は米国のナショナリズムを高揚させ、南部の領土支配を確固たるものにしました。
アメリカ史

ケンタッキー辺境におけるアメリカ独立戦争の展開

1775年から1783年にかけてのアメリカ独立戦争中、ケンタッキー辺境地域ではイギリス軍と提携した先住民諸部族と、入植者(パトリオット)との激しい攻防が繰り広げられました。ダニエル・ブーンらの指導のもと、入植者は要塞に立てこもり防衛戦を展開。1782年のブルーリックスの戦いなどの激戦を経て入植地を守り抜き、この地域における合衆国の領土支配を決定づける足がかりとなりました。
アメリカ史

独立と領土拡大を導いたアメリカの主要戦争

アメリカの独立と領土拡大は、数多くの戦争によって形づくられた。独立戦争ではイギリスからの独立を達成し、米英戦争で国家としての自立を強化した。その後、米墨戦争によって西部領土を大きく獲得し、南北戦争では国家統一を維持した。さらに先住民との戦争やスペインとの戦争などを通じて領土と影響力を拡大し、19世紀末には大陸国家から世界的な勢力へと発展した。
アメリカ史

労働運動と公民権運動を結び大行進を導いた不屈の組織者

黒人初の本格的労働組合「就寝車ポーター荷扱人組合」を結成し、近代アメリカにおける黒人労働者の地位向上を勝ち取った偉大な指導者です。職能向上と人種平等の融和を掲げ、大統領に直談判して国防産業での差別撤廃(1941年)や軍隊内の隔離廃止(1948年)を実現。冷戦期には、キング牧師らと共に1963年の「ワシントン大行進」を実質的な最高責任者として主導し、公民権法成立への決定的なうねりを作り出しました。
アメリカ史

芸術の才と組織力で黒人の尊厳を讃え奔走した多才な先駆者

ハーレム・ルネサンスを牽引した詩人・作家であり、全米黒人地位向上協会(NAACP)の初代黒人事務局長として近代公民権運動の礎を築いた巨人です。実弟と共作し、のちに「黒人の国歌」として愛唱される歌曲『声を大にして歌え』を作詞。外交官や弁護士としても足跡を残し、その多才な知性で人種的偏見に挑みました。白人至上主義の暴力を告発する運動を指揮し、黒人芸術の地位向上と法平等の融和に生涯を捧げた至高の指導者です。
アメリカ史

高潔な知性と卓越した雄弁で国連の危機に殉じた「理想の外交官」

民主党の熱狂的な支持を集めた大統領候補であり、ケネディ政権下で国連大使として冷戦の最前線に立った卓越した政治家です。1962年のキューバ危機では、国連安全保障理事会の議場でソ連代表に対し、核ミサイル配備の証拠写真を突きつけ「地獄が凍りつくまで(答えを)待つ」と猛烈に追及、一触即発の危機を切り抜けました。米ソ対立の荒波の中で多国間協調と理性を重んじ、国際社会における米国の道義的指導力を体現した知性の巨頭です。
日本史

井伊直弼が反対派を一掃し尊皇攘夷派らを処罰した安政の大獄

安政の大獄は、1858(安政5)年から翌年にかけ、大老・井伊直弼が主導した大規模な政治弾圧です。日米修好通商条約の無勅許調印や将軍継嗣問題をめぐり、幕府の施策に反対した一橋派や尊皇攘夷派の公家・志士・大名らを徹底的に弾圧。吉田松陰や頼山陽の子・頼三樹三郎らが処刑され、橋本左内や徳川斉昭らも謹慎・処罰を受けました。この苛烈な処置は強い反発を招き、後の「桜田門外の変」による井伊暗殺へとつながりました。
日本史

安政の大獄に反発した水戸浪士らが大老井伊直弼を襲撃

桜田門外の変は、1860(安政7)年に江戸城桜田門外で幕府大老・井伊直弼が暗殺された事件です。井伊による日米修好通商条約の無勅許調印や、反対派を苛烈に弾圧した安政の大獄に対し、激高した水戸藩脱藩浪士17名と薩摩藩士1名が雪の降る登城途中の井伊の列を急襲。大老の命を奪いました。幕府最高権力者の死により幕府の権威は大きく失墜し、尊王攘夷運動が激化するとともに公武合体派の台頭など幕末の政局が大きく動揺しました。
日本史

天草四郎を担ぎ過酷な年貢とキリシタン弾圧に挑んだ大一揆

島原の乱は、1637(寛永14)年に肥前島原と肥後天草の領民が起こした大規模な農民一揆です。領主による過酷な年貢取り立てと激しいキリシタン弾圧に耐えかね、16歳の天草四郎(益田時貞)を総大将として約3万7千人が蜂起。原城跡に籠城して幕府上陸軍や九州諸藩の連合軍と攻防を繰り広げました。幕府は12万の大軍とオランダ船の砲撃をもって翌年鎮圧。この事件を機に幕府のキリシタン弾圧と鎖国政策は決定的なものとなりました。
日本史

奥羽越列藩同盟を結成し義を貫いた東北の江戸時代

江戸時代の東北地方では、伊達氏(仙台藩)や南部氏(盛岡藩)などの雄藩が広大な領地を治め、寒冷地特有の新田開発や名産品の育成に尽力しました。米沢藩の上杉鷹山による「財政再建と殖産興業」は、名君の模範として知られます。幕末には、津軽藩や秋田藩など路線を異にする動きもありつつ、会津藩の松平容保や仙台藩の伊達慶邦らを中心に「奥羽越列藩同盟」を結成。新政府軍に抗戦し、幕末の激動期を駆け抜けました。