大山巌と陸軍最高司令官としての采配

大山巌と陸軍最高司令官としての采配

大山巌

薩摩出身の陸軍軍人・政治家で、西郷隆盛の従弟にあたる。日清戦争では第2軍司令官として旅順や威海衛の攻略を指揮し、日露戦争では満州軍総司令官として陸軍全体の指揮を執った。遼陽の戦いや奉天会戦などの激戦を制し、陸軍を勝利に導いた。温厚で包容力のある人柄で知られ、個性豊かな参謀たちを統率して全軍の連携を維持した。満州での作戦成功は、日本の陸上戦における絶対的な優位を確保する決定打となった。

年表

分類
要素
西暦 大山巌
1842年
大山巌の誕生 (時期: 1842年11月12日, 場所: 日本・鹿児島県鹿児島市加治屋町(旧薩摩国鹿児島城下))
1860年
薩摩藩での砲術研究と弥助砲の開発 (年齢: 17歳, 時期: 1860年代, 場所: 日本・江戸(現在の東京都)など)
1862年
寺田屋事件 (年齢: 19歳, 時期: 1862年5月(文久2年4月), 場所: 日本・京都府京都市伏見区、寺田屋)
1863年
薩英戦争 (年齢: 20歳, 時期: 1863年8月, 場所: 日本・鹿児島湾(現在の鹿児島県鹿児島市周辺))
1870年
フランス留学と普仏戦争の視察 (年齢: 27歳, 時期: 1870年~1874年, 場所: フランス、ドイツなどヨーロッパ)
1873年
明治六年政変(征韓論政変, 年齢: 30歳, 時期: 1873年10月, 場所: 日本・東京都(当時の東京))
1880年
陸軍卿への就任(大山巌, 年齢: 37歳, 時期: 1880年, 場所: 日本・東京都)
1883年
結婚(大山巌,大山捨松, 年齢: 40歳, 時期: 1883年11月8日, 場所: 日本・東京都。1883年11月8日に婚儀を行い、同年12月に鹿鳴館で結婚披露宴が開催された。)
1885年
初代陸軍大臣への就任(大山巌, 年齢: 43歳, 時期: 1885年12月, 場所: 日本・東京都)
1891年
陸軍大将への昇進(大山巌, 年齢: 48歳, 時期: 1891年, 場所: 日本・東京都)
1894年
日清戦争 (年齢: 51歳, 時期: 1894年~1895年, 場所: 朝鮮半島、黄海、遼東半島、山東半島、台湾)
1898年
元帥への任命 (年齢: 55歳, 時期: 1898年, 場所: 日本・東京都)
1899年
参謀総長への就任(大山巌, 年齢: 56歳, 時期: 1899年, 場所: 日本・東京都)
1904年
満州軍総司令官への就任(大山巌, 年齢: 61歳, 時期: 1904年, 場所: 中国東北部(満州))
1907年
公爵への叙爵 (年齢: 64歳, 時期: 1907年, 場所: 日本・東京都)
1914年
内大臣への就任(大山巌, 年齢: 71歳, 時期: 1914年~1916年, 場所: 日本・東京都、宮中)
1916年
大山巌の没年 (年齢: 74歳, 時期: 1916年12月10日(日本・東京都、74歳))
不明
結婚(大山巌,沢(さわ, 最初の結婚, 時期: 明治初期とされるが、正確な年月日は不明, 場所: 詳細不明)

地図

分類
要素
アジア 世界
asia map

関連リンク

他言語

コメント