セシル・カルバート
第2代ボルティモア男爵セシル・カルバートは、父ジョージの遺志を継ぎ1632年にメリーランド植民地の領主となった。カトリック教徒であった彼は、宗教的迫害を受ける同胞の庇護地を目指しつつ、プロテスタントを含む全キリスト教徒の共存を図った。1649年には信教の自由を法的に保障する歴史的な「宗教寛容法」を制定させた。自身は一度も入植地を訪れなかったが、弟を副知事として派遣し、植民地の安定した経営と自治体制の確立に尽力した。彼の試みは、北米における信教の自由の先駆けとして高く評価されている。
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